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復讐
 
「オザワは俺が殺す。いいな」
「いいよ」
 剣の切っ先を逸らし、フツオはヨシオの隣まで下がった。ヨシオは腰に手を当ててワルオを見ている。
 慌てふためく老人の背中を斧が砕いた。地べたに伏した老人をつま先で転がしスーツの胸を踏みつけると、ワルオはその筋張った首目掛けて何度も斧を振りかぶった。
 断末魔が引き、代わりに血が満ちてから、ヨシオのため息と一緒に、首と胴体を繋げる最後の繊維が千切れた。
「やあ、お疲れさま」
 フツオはあくまで軽い調子でワルオの肩を叩いた。
「わかるよ。斧でもなかなか首は落とせないよね」
 ワルオは振り返って燃え立つような眼差しをフツオに向けた。それまでの笑顔に含まれていた嫉妬や皮肉はどこにもなく、もやが晴れたように、剥き出しの感情から笑っている。
「俺は、力を手に入れた」
 フツオは茫然とし、すぐ強張った笑みを浮かべた。
 ヨシオがはっとして、腰に当てていた手を体の前で構えた。それに対してワルオはあざけるような視線をたっぷりと浴びせ、フツオを脇に突き飛ばすと口布を上げて出口へ向かった。
「待って、待てよ、どこへ行くんだよ!」
 そして追いすがるフツオを拒み、いずこかへ消えた。
 
 

 
「確かに、僕は君の望まぬものになったのかもしれない。だけど、君にしたって、僕の望まぬものになった」
 その敵は正面から滅多刺しにされていた。後ろから受けた傷がひとつもないのが却ってその死をいじましく哀れっぽいものにしている。
「僕たち同じなんだよ」
 ヒーローは刀を薙いで脂肪を払うと、丁寧に血糊を拭いた。骨を断った箇所が刃こぼれしているのを見て、思い切り顔をしかめてからやれやれと刀を鞘に収めた。
 側に立っていた少女がそっと近寄ると、ヒーローはふっと顔の筋肉を緩め、彼女を隣に招いた。少女がヒーローの顔を拭こうと伸ばした手を制して、ヒーローは自分で顔や髪を拭った。
「ひとでなしの血なんて触っちゃだめだ」
 ヒーローは少女の素肌に飛び散った血肉をも自ら拭いた。少女は一瞬目を大きくしてすぐうれしげに細め、自分の足の付け根に付着した赤い染みを指し示した。ヒーローは跪いて少女の脚を舐めた。
「ねえ、この人をかわいそうだと思う?」
「ぜんぜん。まさしく自業自得だよ。君はどう思う?」
「あんたがかわいそうだと言ったら、かわいそうって言おうと思ってた」
 ヒーローは脚の擦り傷を甘噛みした。あ、と声を上げて少女がバランスを崩しかける。
「自分が死んでる前でこういうことされるのは、かわいそうかもな」
「ちょっと、やめてよね」
「それと僕さ、結構こいつのこと気に入ってて、こいつが好きな僕になろうとしてた時期があったんだよね。それが今じゃすごく許せないんだ」
「うん」
「でさ、こいつって女運なかったじゃん」
「まあそうね」
「見せつけたいからここで最後までエッチしようよ」
「ばか!」
「うわっ!」
 少女が脚を振り抜き、蹴り飛ばされたヒーローは何度か後ろ向きにでんぐり返った末、後頭部を床に強打した。
「なにするんだよ!」
「あんたほんとにデリカシーないわね、こんなときに!だいっきらい!」
「じゃあ何時ならいいんだよ」
「今夜!」
 言ってから、少女の顔がぱっと色付いた。次の句が出てくるより前にヒーローはだらしなく笑った。
「へえ今夜ね、楽しみだなあ」
 少女は慌ててもう一度ヒーローを踏みつけたが、彼のニヤニヤ顔は崩れず、少女は悔しそうに部屋の端へ退いた。
 それからヒーローは立ち上がりぱんぱんと尻に付いた埃を払うと、小さく息を吐いて部屋の出口へ向いた。少女はむっつり顔で扉の前に立っている。
「もしかしたらリリスにジェラシー感じてたかもしれないけど、僕は君が一番だよ」
 ヒーローは刀を背負い直した。
 そして既に硬直している死体にちらりと目を呉れ、
「僕だって君なんかいらない」
 軽く蹴飛ばして、二度と顧みなかった。
 そして、連れの少女と手を繋ぎ、慣れ親しんだ無間の迷路へ飛び込んだ。


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