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君を愛す
 彼のことが好きだとは思ったが、綿でくるむように大切にされたり、体ごと気持ちまで奪われたりするうちに、取り返しが付かないくらい愛してしまった。
 触れた瞬間砕けてしまいそうなほどの切なさを味わうことも幾たび、疑念を抱いてもいつも幸せを返してくれた。 彼と一緒になってからの後悔といえば、口づけが数え切れなくなったことくらいだった。
「血の味がするなあ」
 あははと笑って彼は顔を拭いてくれる。試しにローブの裾を絞ると、悪魔の血が盛大に地面へ落ちた。見る限り赤茶色に染まった服の血潮が流れるはしから乾いた地面が吸い取っている。後ろを振り返れば、日の下に血の道がくっきりと浮き出ていて、その路上には点々と死肉が落ちていることだろう。
「服がすごく重いわ」
「でもイメージチェンジできたよね」
 私は吹き出した。そう言う彼の有り様も似たり寄ったりだった。
「あなた髪型も変わってるわよ」
 私は彼の頭を撫でつけた。鋭くたくましい面立ちが力の抜けた笑みをすると、血の臭いの中にふと花の匂いがした。
「ありがとう」
「あとであたしの髪乾かしてね」
「いいよ。さあ、新宿がすぐそこだ」
 門を越えて秩序ある街に入った。肩を抱き寄せられて初めて緊張の糸が緩む。私も彼に体を押し付ける。私たちにとって安全な場所は、ごく限られている。
 新宿の地上は静かで緑が多く、ひとつ、最近まで経営されていたであろう小綺麗なビルが西日に朱く照らされている。私はかつてそこに住まい、そして彼と二人で壊滅させた。そのビルの地下で多くの人々が生活していた。少しのメシア教徒も問題なく穏やかに暮らしを営んでいる。 新宿の宿も地下にあった。
 部屋に入るなり、私たちはすっかり色の変わった上着を脱ぎ捨てた。
「うわー。マントすごいごわごわしてるよ」
「あたしも。見てこんなに真っ黒」
「ここだけ緑になってる、どいつの体液だろう」
 自分のこまごまとした装備を外してから、彼の義手の装甲を外した。そして、バスタブにお湯がたまると先を争うように風呂場へ駆け込んだ。
「もう。髪がいつもよりずっとぱりぱり」
「最近暑い割に乾燥してたし、今日は風もひどく強かったからね、僕も汗で砂がべったりだよ」
「そういえば、風下の方から悪魔が沢山寄ってきてたわね」
「風の強いときはなるべく休みの日にしようか?」
「うーん、でもマッカを稼ぐにはうってつけじゃない。悪魔の方から寄って来るなんて」
「あはは」
「誰かさんが無駄遣いする分稼がないと」
「ごめんなさい」
 彼の頭を濯いだあと、私も念入りに全身を洗って、バスタブに入った。
「こんな日こそ品プリのスイートをとるべきかなあ」
 あのホテル跡はまた宿泊施設になっている。オルトラスの厄介ばらいをした私たちは勿論無料だ。
「それは今度連れて行ってよ」
「うん。また今度」
「約束だからね」
 彼に向き直り、肩に左右の手を置いた。茶色の眉の下に、眼孔の深い彫りが影を射している。その影が彼の眼に目を凝らして見詰めたくなるような物憂さを与えている。私の頭の辺りにあった彼の左手は、髪を撫でるように降りてきて、顎を持ち上げた。 彼の額から降りかかる水が、首すじを伝い、ゆっくりと胸まで落ちていく。
「まだ血の味がするかしら」
「うーん、どうかなあ」
 いたずらっぽく緩んだ頬に、私は二つの手を当てた。彼の左腕が私の腰に絡んで、膝の上へ持ち上げる。私は体を預けてしまう。
 彼は、私のすべてを知っていて、なお抱き締めていてくれる。私はもう彼を疑わなくていい。私を信じてくれた人に、同じことを返したいのだ。

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