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2011年12月28日(水) 12:48
海を見るたびあなた思い出す。あなたは一度も熱さぬ青さを備えていた。少しの寂しさを感じるほどいち個体としての誇りを持ち不変で凛としたあなたの態度に私は死体を積み重ねてやっと安住を手に入れたと思った。だからあなたを最後まで連れて行った。あなたの強さと美しさに目が眩んだのよ。血染めの天使、私が汚した羽根の愛しさは久しく忘れていた甘い味。私はあなたに見惚れてしまったがあなたは私のことを一度も褒めなかった。私はあなたが私に従うことがうれしくてそんなこと構わなかったけど、一度だけあなたとの不一致を怖ろしく思い不安に占拠されたことがある。今思うとその一瞬私はあなたの在ることに居たたまれなくなっていたのだ。安楽は罪悪を引き出すこと。ひとつ、私の暗く深い場所の、どうしても受けとめたくなかったことをあなたにだけ零してしまった記憶がある。喪失。虚しいきもちは私の中にのみ吹き荒び満ち足りた世界の如何は些末なこと。同情とも軽蔑ともつかぬ眼をしていたあなたが本当の所どう思ったかは分からないし知りたいとも思わない。ただ「××××」、そう私の名を存外幼い声でなぞった。その識別記号を今はもう覚えていないが、あのときから私は残りの時間を数え始めた。 ライジーア 大学に入った勢いであれやこれやとバイトを始めてみたが、今は社割目当ての飲食店と高給の家庭教師に落ち着いた。一方サークルは勇が入学前からチェックしていた旅行サークルに即決した。気が合うから異性でも一緒にいられるのだ。 「お、待ってたぜ」 バイトを終え店舗を出たら勇がスマホ片手に待ち伏せをしていた。 「何やってんのストーカーさん」 「お嬢さんにちょっとお話がありましてね。ついでにメシ食わせろ」 「いらっしゃいませー」 勇は座るなり注文を決めてしまい帽子とマフラーを取った。そうか、もう寒いのか。 「とりま次のサークル旅行は海に決まったから」 「オッケーバイト空ける」 出てきたご飯を緊張感なく頬張りつつ勇は続けた。 「でさ、お前のこと気になるって奴がいるんだけどどーよ」 「たぶんお断りする」 「またか。実はコレいんのか?」 立てられた親指をねじ曲げるとぎゃっと喚いて勇は慌てて腕を引っ込めた。 「いないけど、しばらくはいらないと思ってる」 「んだよわびしいなー。サークル内では許されざる相手との大失恋を引きずってるってことになってるぜ、お前」 「なんだよそれ」 あまりの衝撃情報に思わず吹き出すと勇は肩をすくめた。 「髪延びて来たし、おまえまた二つ結びにしてみたらかわいげが出ていいんじゃない?」 「やだよ。もう似合わない」 「あ、そういやなんで高三の終わりにもなって髪切ったんだ?寒いだろうに」 「期待をするのを、諦めたかったんだ」 世界が再び動き出した春は夢見心地だった。夏に世界を愛で、秋に未来を見つめ、とうとう冬がやってきたのだ。 二度と突起が生えないように髪を下ろし、あなたとの記憶を持った分の髪の毛を切った。 冬がちゃんとやって来たということは、あなたと二度と出会えないということだった。クリスマス・イブにはちきれた切なさは数ヶ月分の涙として私の眼を濡らしきったが、あなたの声だけはぼやけることがなかった。人の記憶は声から忘れていくというが、私はあなたの声の代わりに自分の価値を差し出した。その声が届くたび死にたくなった。どんな雑踏でも暗がりでも不思議な声は鮮烈な色で耳に蘇った。しかし振り返っても目を凝らしてもあなたの影はなかった。 なぜ私は新たな世界に新たな私を作らなかったのか、それは単純に自己愛だ。不出来な世界で産まれた不出来な私はそこへ置いてくればよかったのだ。 あなたを愛していて尚私は不誠実だった。 サークル旅行で訪れた島の太平洋は大変美しかった。汚い海で釣りをするのだとばかり思っていたのに海は見たことがないくらい水色だし砂浜は鳴くし完璧な形のスピッツがあった。おかげで私は一人窓際で延々とレポートを書くことになった。数日掛かりでそれが終わるともう勉強をするふりをしてカモメの鳴き声を子守歌に寝るしかなかった。 夜になると潮騒と共に、本来人生の各箇所にあるべき悲しみが纏めて襲ってきた。布団の中でひとしきりもがいた後、雑魚寝している友人たちから離れ耳を塞いで廊下を駆け抜け、裏口から宿を出て孤独に戦った。うずくまってすぐ走り出し、跳ね回ったと思うや野に伏した。だが私は気が落ち着くとともに牙を剥く孤独とも戦わなくてはならなかった。もはやどんな条理も不条理も私を痛めつける要因にしかなりえなかった。五体の感覚が虚空に四散して神経は悉く千切れて視界は黒く無音を聴き無辺の平野に心ごと置き去りにされもう起き上がれなくても、それでもぼろぼろの体を寛げるために動かない足を動かして、一番風呂に浸かってそれから畳敷きの共同部屋へ帰るのだった。 しかし、さすがに帰る前の日には雄大な自然に申し訳なくなって、スニーカーに短パンという出で立ちで外へ出た。 アウトドア行為自体は好きだった。昔は無かった太陽と酸素が有ったから。とにかく私はまず山を登った。高台から一望する海辺の写真を撮ったが、デジカメの画面のどこにも天使の羽根は写っていなかった。 川を下って行くと、いつしか磯の香りがして来たが構わず進んだ。この世の答えがあなたに再び会うか否かのどちらかであることに代わりはない。ただ私には尚も臨む勇気がなかっただけだ。 そう思い切っているとある一本の木を境に膝から崩れ落ちてしまった。 とっさに深呼吸を求めるも引き釣るような声と気管に逆流する唾が空気を拒んだ。私はたちまち呼吸困難に陥った。お決まりだった。もう生きていくことができないのだ。人修羅の物語は終わったのだ。不適合だと知っていてなぜ苦しんでまで生きるのだろう。なにひとつわからない。 草むらを這いずって川べりから落ちた。ぼちゃっと無様な音がして透明の世界に触れた。割と深い川だった。これなら私も静かに眠りにつけるだろう。水底は棺、水面は天蓋、水草は献花、これ以上何が要るだろう。肺の酸素をありったけ吐き出すと、幸福の流れに身を任せた。 「××××」 しかし冷たくなっていく脳がその声をあなたのものと認識した途端、水が肺腑に混入し、血液不足の手や指は上を目指した。頭上には光が差し込んでいた。あなたと出会ったときの体の痛みを思い出した。あなたを追いかけて出来た足跡を思い出した。あなたが治してくれた傷の位置を思い出した。あなたに導かれて塔を登ったことを思い出した。私は未だに光を求めていた。 そうか。苦しみが私の人生なのか。 そうと分かれば速やかに陸地に上がれた。砂混じりの芝に体を投げ出して、痛みや寂しさを呪うでも自らの身の不幸を嘆くでもなく、あなただけを思って泣いた、ウリエル。 いざ死の淵であなたの声を聞いて生きようとしたことは、あなたにとって、私にとって、どういう意味があるのか。 あなたを忘れることで苦しみが消えたとしても、あなたを忘れたらとても生きていけないよ。 こんな終わり方ってないよ・・ PR |