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星を待つ

カテドラルの見晴らし台からは、東京を覆う海を一面見渡すことができた。
 見晴らし台に点在する、木々の茂った庭めく一角にぼくらはいた。ひんやりとした土の上であおむけにねそべっている。ぼくのハンドヘルドコンピュータと二人分の剣と銃器は、荷袋と一緒にそばの木のうろにまとめてしまってある。
 以前より悪魔は減ったが、進んでカテドラルから出て来る人もいないので、ぼくらは当然ふたりきりだった。潮騒と木の葉のざわめきが悪魔の歌声と混ざり合う。頭上を悪魔が旋回しているが、木枝の陰で向こうからは見えない。
 ぼくが十代の終わりまで過ごした東京の空はいつもよどんでいた。ところが今見上げる夜空は、濃淡のある藍色に数えきれないくらいの天体と星座を抱えている。かつての東京で一年間に見つけた星の数は、今日一晩の星の数にも劣るだろう。
「宝石を砕いてちりばめたみたいだ」
「どの宝石?」
 ぼくは荷袋と別にしてある、いつもは懐にしまっているあの革袋を思い浮かべた。
「アメジストと、トパーズと、アクアマリンと…」
「欲張り!」きみは声を上げて笑った。
「星はそれぞれ色が違うんだもの」
 ぼくはため息を吐いて目を閉じた。今度はまぶたの裏に光る星を見つめるために。
「ならダイヤモンドだけでいいわ。日の当たり加減で色が変わるでしょう」
「ダイヤモンドは勿体ないよ」
 ぼくは目を閉じたまま、にやりと笑った。
「ぼくなら粉々にして空にまぶすより、きみをベッドに裸にして周りに飾る」
 息を飲み、ため息を吐くきみの息遣いに耳を澄ました。
「詩人ね」
「まあ機械いじりながら、本も少々読んでいたしね」
 ごそりと寝返りの音がして、甘い匂いが鼻先を掠めた。頭の向きを変えると、丁度きみと目が合った。きみのほおに手を伸ばしたが、一回り細い指にからめとられた。
「指が熱いよ。熱があったらどうするのさ」
 おどけてみせたぼくに対して、きみは婉然とほほえんだ。ぼくは思わずドキリとする。
「うつしてあげる」
 次の瞬間。ぼくは胸に飛び込んで来たきみを受けとめた。
「やあ。すてきな流れ星がぼくのところに落ちてきた」
「下手なお芝居!」
 きみはぼくのからだにくっついて囁いた。
「ひとりぼっちで、さみしいくせに」
 言葉を継がせないために、ぼくは腕に力を込めた。くすぐったがって逃れようとするきみと一緒に転がるうちに、にやにや笑いが大きくなる。
「さみしいことなんてないさ!…」
 地面にきみを押しつけることに成功して、視界が利かない代りに顔をすり寄せる。
「ぼくにはきみがいるから」
「そして、わたしにはあなたがいるわね」
 くすくす笑う吐息が耳にかかる。
 ぼくはもう一度きみを無防備にするためにむきになる。踏みつぶした草の青さを甘い匂いがかき混ぜる。切実なソプラノが夜を裂いたかと思うや、きみは果てもなくぼくを受け入れ、のびやかに抱きしめる。悪魔の声が近づいては遠のく。いつ死ぬとも分からない。きみの腕を切ってぼくの血を注ぎ、ぼくの骨を砕いてきみのなかにまぶす。
 きみを得て、ぼくに欠けていたものはきみだけだと思い知る。ほかのものを欲しがったり、失くして後悔することは、理に適っていないことに気付いて、腕のやわらかさに安堵できる。
 次に目蓋を上げるとき、朝日がぼくの眼球を貫くだろう。そしてみるみるうちにぼくらのからだを焼ききって、死にぞこないの哀れな腐肉を照らし出すだろう。
 風の音を聴きながらまどろむソファの脇で、黒いカーテンがそっと翻るような死を待っているきみとぼくを。



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