2025年04月26日(土) 01:18
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2012年10月16日(火) 15:13
病の手は止まない。 男は腕を伸ばしてカーテンから零れる黄昏を掬った。かつて剣を握っていた証にタコの潰れた痕がおびただしい手の平も、今は真白く透き通っている。 だらりと下がりかけた男の手を、傍らの女の手が取る。切り立ての爪を撫でられると、ベッドの中の男は目を細めた。 「なあ、今日はちゃんと朝が来て昼が来たね」 「そうね」 「夜もきちんと来るだろうか。そして、明日の朝も」 「ばかね、当たり前じゃない。なぜそんなことを思うの?」 「どうしてだろう。裏切られるのが怖いんだ。 でもきみが言うなら来るんだろう」 男の視線は熱に浮かされたように天井を泳いでいる。 男の頬を拭いた布巾を盆の水にさらして、女は男の手を膝の上に載せていとしげに撫で続ける。 「あの夢を見たんだ」 薬が尽き、病苦に翻弄されるのみの男は、痩せた喉からか細い声を絞り出す。 「ぼくはまた彼らを殺していたよ」 まあ、と嘆息して女が男の前髪を梳くと、男の不安げな眼が現れる。そこで青白い額に接吻を落とし、女はとろけるような笑顔で言った。 「それは幻よ」 そして男は眠りに就いた。追って夜の帷も下りた。 復興の明かりの灯らない地上はまるで地獄の辺境のようだ。誰も彼も明日を知れぬ身を夜に晒している。 倦み、病んでいく、かつての少年のように。 PR |