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最悪

 スーツの巨男の小脇に抱えられたヨシオは既にぐったりとしていた。たちまちの内に巨男は消え去った。
 私たちは暫くの間動こうとしなかった。巨男の手が延びたそのとき、ヨシオの命が奪われたのを承知していたからだ。
 フツオは取り出し掛けていた剣を放り出して、ふらふらと数歩進んだかと思うと、血痕の前に膝を付いた。冷たい床に、余りにも無造作にヨシオの一部が溜まっている。
 私はフツオの背を眺めながら、私が彼を庇って死んだとき、彼がどんなふうに悲しんだかを想像していた。
「ヨシオごめん…僕が盾になるべきだったのに…」
 彼の肩が少し震えたのを見て、背中に手を置いて顔を覗き込むと、茶色の目が潤んでいる。私は激高して、私の前で友人の死などに涙せんとする彼を責めようとした。ところが、突然顔を上げた彼を見て、私はぎくっとした。
 何故か、今までの淡泊な表情と怯懦の眼差しは、一変して熱を帯び、真っ直ぐ私に向けられている。
「やっと二人きりになれたね」
 彼がそう言って破顔した途端、激しい怒りが霧散して、私もすごく嬉しくなった。彼は感動から目を潤ませている。
「もう何も邪魔はないの」
「そうだよ」
 はにかむ彼に手を取られる。その目にえもいわれぬ輝きを見つけたとき、蕭々と降り続いていた雨が上がるイメージが頭に浮かんだ。私も涙をこぼした。
「あなたは私を好きじゃないんだって、私よりヨシオが役に立つんだって思って、ずっと、ずっと寂しかった」
「そんなわけないだろ」
 導かれるまま暖かい胸に飛び込むと、この上なく優しく頭を撫でられた。私はたちまち足が立たなくなって、彼の襟首にすがった。
 そしていつか見た夢のように、自然私たちは見つめ合った。今ここに体があって触れえることをさえいとおしむるのは私たちだけだと思った。彼は私の頬に手を添えて、処女の唇を親指でなぞった。
「キスしてもいい?」
「うん」
 彼の額のレンズを首もとまで下ろして、目障りな髪の毛を耳に掛けてから、私はゆっくりと目をつむった。 まんまと死んだヨシオを、笑い物にしたり、憐れんだり、しながら。



コレハムカツク
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