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2013年02月18日(月) 22:28
六本木のろくでもない木賃宿に転がり込んで、古ぼけたベッドに少年を寝かせた。一通り魔法を唱えたあと、壊れそうな蛇口を捻ってみると勢いこそないが透明な水がちろちろと出た。少女はほっとして布巾を濡らした。 少年の意識ははっきりしない。魔法の効果で、顔の左側が桃色掛かり、右側に黄疸がある。少女は少年の服を脱がせると、体を拭きつつ一々検分し清潔な服を着せた。着ていた服を盥に入れ、洗い場の蛇口を回した。 飲み水を手に少女は迷い、少年の唇を湿らせると軽く食む仕草をした。少女は少年の唇に水を塗り続けた。 やがて少年の動きが止まった。寝息を確認して少女は胸をなで下ろし、それからようやく重い装備を外した。ベッドの傍らに腰掛けると何かひび割れるような音がして埃が舞う。少女は少年の指先を掴み、裸電球の灯りの下でしばし目を閉じていた。 指先の違和感から目を覚ました少女は、反射的に強く握り返した。頭を振りながら眠るまでの記憶を辿ったとき初めて、宿の主に過分なマッカを払ってしまったことに気づいた。少女が歯噛みしていると、丁度少年の目蓋が開いた。青みの消えた顔を軽く睨みつける。 「あなたって存外ひ弱よね。もっと気を付けて頂戴よ」 「攻撃に長け防御に欠くと言って欲しいかなあ」 少年は優しげに目許を緩めて笑んだ。つられまいと唇を尖らせた少女は掴んでいた指を放し、その手の甲を叩いた。 「逃げ足が速いのは認めてあげるわよ」 「三十六計逃げるに如かず、だよ」 聞き覚えのない言葉だったがなんとなく意味が掴め、少女は呆れ顔をした。少年は対照的ににこにこしている。 「僕は助けられてばかりだなあ」 「こんなのパートナーなんだから当たり前でしょう」 「ありがとう。水をお願いしてもいいかな」 「ええ」 あっけらかんとした物言いに少女はいつしか毒気を抜かれている。無論それを期待していた。 少年には人の安心を誘う魅力があった。強烈に人を惹きつけるものだ。そこだけを取ってもパズスが彼の方を救世主に選んだのは当然のことだと少女は思う。つまり、救世主という肩書きがとても似合うのだ。 手伝われて身を起こし、少女が渡した水を少年が飲み干す。 空のカップを受け取ったとき、少女はふと我に返った。我知らず少年の仕草に見入っていることがたびたびあった。 少女は黙って立ち上がり、ぐるりと部屋を見渡した。 「あたしも体拭いてくる」 「うん?シャワー出ないの」 「ええ、ほとんど駄目ね。マッカは倍額取られちゃうしひどいわ、一晩だけ我慢して」 「心配させたね、ごめん」 少年は俯いて両手で顔を覆った。その仕草も目新しく、見とれながら少女は、少年を背負って宿に辿り着いたときの自分が金勘定すらままならなかった訳を知った。 PR |